《 加 》 こんにちは。相武台脳神経科外科の加藤貴弘です。僕達は、健康に関して考えていますけれども、その中で、食という物を凄く大切に考えております。今回は、食に関しまして、農業のあり方に関しまして、30年以上も前から一貫して同じメッセージを提案して来られた、ナチュラルハーモニーの代表の河名秀郎さんにお話を伺います。どうぞ、宜しくお願い致します。
記念日とかに、霜降りの肉とか。良い肉とか美味しいと言われている肉、そういうのを食べて育ったのですよ、僕自身は。東北の震災があった時に、肉牛として育てていた牛が、震災で手入れ出来なくなって。エサはそこにあるのだけれど、放置していたら、そのまま脂肪肝で死んでしまったという話を聞いていて。そういった、病気になる直前の牛を、美味しい美味しいと言って今まで食べていたのかなというのは、凄く感じました。
《 河 》 野菜も皆そうだから。
《 加 》 食べ物ってそうなのですね。
《 河 》 結局、そのまま置いておいたら死んでしまうので。ただそれを薬で、抑えているだけだから、今の食べ物って。
《 加 》 やはり本来の牛の美味しさという所に気付いたら、凄く良いと思うのですけれどね。
《 河 》 ただ、本来の牛となると、大体1ヘクタールに一頭なのですよ。で、そこに生えている緑藻を食べ。それが本来、牛が生きていける面積。
《 加 》 それが日本で回るのかって話ですよね。
《 河 》 僕は未だに思っていますけれど、今のその畜産の仕方。ニワトリも豚も牛も、命ってものは見てないじゃない。効率だけだから、非常に申し訳ないなと思うのと、さらには、本来だったらばやはり、適正な畜産という物が誰もが理解できて、その結果いくらなのですかと言うのを正当に評価が出来て、安いから良いのだとか柔らかいから良いのだじゃなくて、人間の都合よりも自然の都合に寄っての価値観をベースに捉えていく物の捉え方。
《 加 》 それは結局、自分の為にもなるのですよね。目先の物ばかりでは無くて。安いから、美味しいからとかでは無くて。
《 河 》 実際にそういう固めのお肉だと、いっぱいは食べられないよね。そうなると、凄い高くても、ちょっとの量で満足するので。たぶん変わらなかったりするのですよ、金額ベースでは。だから今ちょっとねこう、命の希薄な物というのは、あまり結局充足出来ないから、いっぱい食べなければいけないみたいな。
《 加 》 そうですね。逆に変な食欲が湧いてきてしまいますよね。
《 河 》 そうじゃない本物を辿っていくと、それで充足されるので、凄くその量的には少なくなってきて。僕も大体、今は1日多くて2食で。たぶん、その量を見たら皆びっくりするのだけれど、こんな量で大丈夫なのですかと。ただその食材は、それなりに命のボリュームがあるものだから、自分の中でそれで充足出来る様に、多分遺伝子が自分の中でもう入れ替わっているというか。
《 加 》 命のボリュームって良い言葉ですね。命のボリューム、そういう価値観ですよね。
《 河 》 だから、カスをいっぱい食べても、これはあまりね。効率は良くないし。
《 加 》 カスをいっぱい食べて、カスをいっぱいいっぱい食べたいとなって悪循環にもなっているというか。
《 河 》 で、それは結局、カスという言葉は凄く失礼な言葉だけれど、そのカスを作っていく仕組みは、化学薬品漬けみたいなものじゃない。その結果が体の中に入って、汚してしまうわ。生命力は希薄になるわ。これはもう本当に、一般農法の土壌と一緒の建立になっている。
《 加 》 何かあれですね、全然難しい話では無いですよね。根本的な所が、生物として人間として思い出せば、色々な事が単純に普通に良くなるだけの話なので。目先の事ばかりアクセスしているから、余計に自分の首を絞めているというか。
《 河 》 ちょっとね、やはりペースをゆったりと見る必要があって。例えばあの、自然栽培の農産物の実際の生育スピードというのは、自然に任せるじゃない。なので、肥料を施した物よりはゆったりなのですよ。だから、出荷時期が遅れるのですよね。
《 加 》 僕がちょっとその不安に思うのは、例えば自然栽培がこれからもし広がっていくとすると、今までの農地があるじゃないですか。今までの農地はやはり、肥料とか農薬とかで汚染されているというか。これが良くなっていくのって、結構時間がかかりますよね。
《 河 》 それはそうですね。人間の体と一緒。今まで入れてきた量が、反映してしまいますよね。
《 加 》 だから、これがじわじわと広がって、日本全体にそういう根本的な農業になっていくには、ある程度時間を見てなのですね。
《 河 》 やはりこの50年、60年で急激に汚してしまっている現実から見たら、大げさに言えばやはり50年、60年もかけて戻していくくらいのスパンじゃ無いですかね。
《 加 》 その何か戻す時に、何か人間のテクノロジーみたいなのが使えると良いですけれどね。
《 河 》 それは、人間のテクノロジーというか、いわゆるその汚れている条件を、植物が吸ってくれるという事から学び得ると、よりその吸い上げる力の強い植物を積極的に植えていく。
《 加 》 根本的な所が、命をこう凄く活動的にさせるという生命力を上げるという、根本的な所が分かれば、実は、今まで発展させてきた化学とか医療というのは、凄く武器になるのではないかなと思うのです。原始人が、例えば東京に来て、土壌を自然栽培をやるのと。僕らは科学を発達させてきて、人類が自然栽培をやるのとまったく違うと思うのですよ。
僕が言いたいのは、今までの歴史を完全に否定するのでは無くて、今の科学というのは凄く英知なので、ある程度根本的な所は哲学みたいというか本質が分かれば、今まで自分たちが努力してきて頑張って培ってきた物が、凄く財産になるなと。逆に思いますね。
《 河 》 だから僕もね、こういう仕事をして、一般栽培の物、または有機栽培の物とか。様々な物があって、それを否定は出来ないと思っているのです。もっと言うならば、そういった世界があって、そこでその弱みというのかな。ズレという物がやってみて、体験してみて初めて分かるじゃないですか。
だかた例えば、有機農業が過去の歴史の農業のスタンスだったと。でも、これは実際に、虫の問題。または、体中の問題とか。人体における問題点は当時、昭和の半ばくらいは、かなり問題視されていたのですよね。大腸菌の問題とか。非常に非衛生的であるという事も含めて、化学農法に転移していくのですけれども、やはりこの有機栽培の弱点を克服する為に、ある種化学農法になったというシーンも否めないのですよ。
《 加 》 そうですよね。進化の一つの階段かもしれないですよね。
《 河 》 今度その問題点が出来てきた時は、この有機、科学の歴史をすべて含みおいて、その弱点を克服する為にはどうすれば良いのか。このプランニングが、自然栽培だと僕は理解しているのですね。
過去のこの歴史が無ければ成り立たないという発想なので、否定出来ないのですよね。だから、全てを一つとして捉えていかないと。分断してどれが良い悪いでは無くて、もう歴史的結果という。そういう捉え方をしないと、何かこれはダメなのだと。これは良いのだと。そうじゃないと思うのですよね。
兎に角、やはり自然栽培の農産物が普及すると、こちらを全否定している様に聞かれてしまうと思うのですけれども、これはこれとして意味があるという事を前提に。ただそのそれが間違えているゾーンが理解できたならば、自分の中でそれを学習して、自分の生活に反映させていって貰いたいなと。その思いだけなのですよ。
なぜならば、このステージだとどうしても病気は克服できないというか、苦しみが続くのだと。だけど、もうそれは良いのではないかなと。次のステージに皆で行こうよ。だから、さっきもペースの話をしましたけれど、兎に角その、早く結果を出さなくてはならない時代ですよね。でも、自然界ってそうではないのですよね。
《 加 》 自然の流れがある。
《 河 》 それこそその、この種を撒いて、この時期にきちんと撒いたら、これくらいの日数で育つというのは、自然のその生育速度というのは人間ではコントロール出来ないですよ。
《 加 》 本質をついていれば、本当に簡単にゆっくりできますよね。それがそのスピードで。ペースが早いというのが、逆に本質をついていない証でもあるかもしれないですね。
《 河 》 そう。結局その今、人の体が修復能力が弱いなと。本来だったらそんなに激しくなく治まっていくべきものが、治まりにくい状態にはなっているなと。実際に。だから、そういった事が一方でありながら、自分の生活スタイルを変えていって、本当にきちんと自分の中で自己完結出来るレベルまで行けるのではないかと、という考え方であって。
本当に、今の医療でやってほしい所というのは、本当にその苦しい時に、それを何か手助けするという事になると思うのですけれど。ただし、その手助けは、その人にとってマイナスだという事を、その人や患者さんが理解し、治ったのでは無いのだよと。実は今、一歩後退したのだと。炎症を抑えて、出るものを出なくさせたり、 または、切開で出すという行為は。
《 加 》 不自然ですよね。
《 河 》 不自然な行為だから、本当は自然に産まれなければいけないのですね。ただ、苦しいから切って出すと思うのだけれども。兎に角、その手助けをしたという事は、その瞬間は本当に楽になるから良いと思うのですけれども、それで、OKでは無いよと。
《 加 》 ベースとして、体の歪みがありますよという事ですよね。理想を言えば、おっしゃる通り、自己完結出来るというか。当院のメッセージでも、医師を必要としない地域を作るというメッセージをあげているのですけれども。基本的には健康であれば、医師は必要ないと思うので。そういった状態に、人間本来であればもっと行けると思うのですよ。ほとんど、千人に999人までは。ほとんどですよね。
だから、ただ、今病気になられている方はほとんど生活習慣からこられている方なので。千人に一人の話をしているわけでは無くて、やはりほとんどの病気の方は、医師を必要としない体にもっていけるのだという事を認識して頂けたら、凄く楽なのになと。
うちでリハビリ室で凄い頭痛が来て、リハビリ室で体をほぐして、終わった後に診察させて頂くのですけれど。その後、凄く気持ちよくなりましたと患者さんに言われるのですね、僕自身が。ちょっと待ってください。それは勘違いですからと言って、ご本人が今気持ちよくなったわけでは無くて、来院される前が気持ち悪い体だったのですからと。
気持ちが悪い体とずっと一緒にいるのを、分からなくなっている感覚があって、それが頭痛が教えてくれているのですよという理解が、正しい理解ですよという事をお伝えさせて頂いているのですけれども。本来のポテンシャルとしては、皆さん凄く気持ちが良い状態で仕事も出来るし、生活も出来る状態だというのを、伝えていけたらなと思いますけれども。
《 河 》 でもそれは、本当におっしゃる通りだと思う。
《 加 》 凄く体が楽しいのになと思うのですよね。
《 河 》 人類はね、目の前の1ページの物語しかまだ見えていなくてね。実は2ページ目というのがあって。その1ページ、2ページで完結なのだけれど、1ページしか見てこなかったという感覚なのですよ。そこでこう、一回終わったみたいな感覚。でも実はその奥に、次の2ページ目があって。その2ページ目は。
相武台脳神経外科
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