《 加 》 今回チャンネルSでは、同志社大学の杉本八郎先生をお招きして、お話を伺います。どうぞ、よろしくお願い致します。
よろしくお願いいたします。杉本先生は、僕らみたいなその開業医の立場からすると、毎日毎日こう、アリセプトというお薬を出させて頂いて、世界的に見ても今一番、認知症の薬と言われる中で、一番シェアが多いと思うのですが。凄い薬を開発した動機というか。きっかけみたいな事ってもしあれば、どんな事がありましたか。
《 杉 》 実は私のね、母が認知症になったのですよね。私が母の所を訪問した時に、母がね。せがれに向かってね。あんたさん誰ですかと言ったのですよね。まぁ、ショックですよね。で、当然、その当時は認知症の薬は無かったので。たまたま私、製薬所の究者所いたので、無いんだったら自分で作ろうと思ったのが、原点だったんだよね。
世界で初めて、認知症の薬に成功したのはエーザイなんですよね。この研究には、本当に時間がかかりましたね。トータルで15年かかっています。15年で200億円かかっています。200億円ですね。
それで、当時は今の現在の内藤晴夫社長が、研究一部長にいましてね。彼が研究一部の研究員代行で走って、お前たちが筑波生まれの大地を出せと、凄く言われましたね。私たちは内藤部長の前で、本当にもう徹夜、徹夜で。4年間かかってやっと辿り着いたのは、アリセプトですよね。
私たちは合成で、有機合成なんですけれども。一成果物を合成しましてね。その中からやっと見つけたのが、アリセプトなんです。これがなかなか、ある意味では、これが運命の私のターニングポイントですね。
1997年2月5日にね。新発売大会がアトランタであったんですね。それで、ファイザーとエーザイが販売摘出人で。2500名のMRが集まって、そこでディナーの時にね。スピーチさせてもらったんですよ。2500名の方のスタンディングオベーションで。これはなかなか感動的でしたね。もう5分間ぐらいね、スピーチに入れなかったんですね。
その時は私ね、ある事件があって。研究所から人事部が通されていたんです。で、スピーチが終わった時に。ドクター杉本、コングラチュレーションと言って、名刺交換をするじゃないですか。その時に、人事部なんですよ。なんであなたが人事部なのと。驚きますよね。
それで、その成功をテコにして。内藤晴夫、当時は専務ですよね。もう一遍、筑波に戻して欲しいと言ったら、彼は戻してくれたのですよね。そこからまた、すぐ筑波で始まったんですけれど、今は同志社で。定年後は、京都大学のエーザイ寄付講座に行きましてね。今は同志社なんですけれども。朝のコンポジットをやっています。
《 加 》 お母さんにそう言われて、15年かかったわけなんですけれど。お母様は薬を飲まれたのですか?
《 杉 》 あの、間に合わなかったんですよね。母は、脳血管性認知症なんですよ。脳血管性認知症というのは、ちょっとアルツハイマー型認知症とは違いますのでね。実は、一番初めは、埼玉医大の神経内科の島津先生と共同研究をやって。それで、脳血管性の認知症の研究をしてたんですね。で、途中でね、失敗したんですよね。
《 加 》 例えばその、アリセプトって、コリエステラーゼのレセプターの所に作用するじゃないですか。で、それを作る前から、そこをターゲットにしようとする薬を作ろうということを、思われて作られたのですか。
《 杉 》 そうです。1970代に、ペリーとかデイビスという方のね、論文で。アセチルコリンが減っているから、記憶が途絶えるといった論文があったんですね。じゃあ、アセチルコリンを増やせば良いという話で。アセチルコリンを分解する酵素が、アセチルコリンエステラーゼですね。それの阻害側を作ろうと思って始めたんですね。
《 加 》 その脳血管性の方も、そこをターゲットにされたのですか。
《 杉 》 それは別です。脳血管性の方には、アリセプトは提供は取っていないのです。
《 加 》 最初に目標にしてたのは、どういうところをターゲットにしようと思ったのですか。
《 杉 》 それは、猿の脳血流の改善です。島津先生が猿の脳血流を測って頂いて、私は筑波で合成したものを埼玉まで持って行って。先生が、猿の血流を測ってからですね。見事に血流を増やしたのですよ。
《 加 》 理由というか、メカニズムというのは。
《 杉 》 それはね、しいて言うとあれは、α1のブロッカーですね。α1というのは、あれは緊張すると血管が収縮しますよね。それを、緩和するので。そして、脳血管が開く。で、血流が増えますよね。
《 加 》 ある意味それは、交感神経とか自律神経をターゲットにしたということですか。
《 杉 》 しいて言うと、そうなりますね。実際には、脳の血管の中の受容体をブロックするというメカニズムですね。そこのメカニズムを解明する前に、潰れたんです。脳の血流を増やす事とかは、それは確認が出来たんですよ。
《 加 》 とりあえず広げれば、もしかしたら広がる可能性が増えて。
《 杉 》 血流が増えますよね。実際に、血流が増えたので、臨床まで持っていったのですよね。で、臨床の段階で、肝機能障害があったので。それは、実際には辞めたのですね。で、臨床はやりたいということだったので、脳血管性認知症からアルツハイマーに変えたんですよ。その時に、メカニズムがアセチルコリンを増やせば良いという話だったので。
《 加 》 アセチルコリンをターゲットに向けてということだったのですね。なるほど。で、それをターゲットにした薬が、合成するのに結構色々と大変ということで。
《 杉 》 大変でしたね。本当に大変でした。なにが大変かというと、探索研究ではですね。あの活性を上げるのは結構、何年かやっていたドラックデザインが分かるのですね。活性がわかるのですが、活性があがった物質をね。ラットに投与するじゃないですか。そうすると、血中にないんですよ。血中に無くても効果がある場合があるんですね。そうそう説明がつかないですよね。ダメなんですよ。とかね、あの結構肝臓で分解されてたんですね。肝臓で分解されてしまって、脳に届かない。この脳に届くものを作るのが、大変苦労しましたね。
《 加 》 脳に特異的に、まず脳に届いて。脳に特異的に効くというのは、難しいですよね。色々な物質で。
《 杉 》 まず、関門はブラッドブレインバリアーですね。ブラッドブレインバリアーを突破する活性じゃないとダメなんですね。ブラッドブレインバリアーを突破するのには、脂溶性が高くないとダメなんですね。脂溶性が高い物って意外と、溶けないの良いのですね。
《 加 》 溶けないものが。
《 杉 》 吸収されない。これが難しい。
《 加 》 矛盾する性質が二つあって。
《 杉 》 溶けるものは、脂溶性が高い物は、極性系がやはりついているので、ブラッドブレインバリアーで投下出来ないのです。いつうももう流れてしまうのですよね。このね、脳に入るものを作り出す、というのが、大変でしたね。
《 加 》 入ったは良いけど、結局レセプターに付きにくいみたいな。
《 杉 》 そうですね。でも、あれから今から思うと、探索合成をやっている時が、一番楽しかったですね。とにかく作った薬品を持って行って、安全、活性を見て。活性が出たら体内データを持って行って。そこで、ばっとでもって、導体を見るのですよね。で、消えたら安全性と。このサイクルを永遠とやるのですね。これが結構、辛かったけれど、結構楽しかったね。
《 加 》 そうなんですね。
《 杉 》 研究にいるうちにね。一つも新薬を開発出来ないで、終わる人がほとんどなんですよ。
《 加 》 いや、そうですよね。
《 杉 》 私は一応、二つ成功しているのですよ。だから、エーザイでは私ね、運だけで生きていると言われています。
《 加 》 いやいやいや、運だけでは無いと思いますけれど。アリセプトともう一つですか。
《 杉 》 デタントールです。あれはブロッカーです。これは、血圧を下げる薬ですね。
《 加 》 じゃあ、さっきのやつの続きみたいな感じで。脳血管性認知症の。
《 杉 》 そうです。そんなかんじです。
《 加 》 なるほど。そうですね。だからそういう、アセチルコリンインステラーゼを阻害すると、物忘れの症状が進行が遅くなるという仮説が一つあって。それに目標として色々と新薬を作っていかれる。なるほど、なるほど。で、成功されてということですね。凄いですね。で、今はやはり世界でアリセプトを越える薬ってあるのですか。出ていないのですか。
《 杉 》 出ていないですよね。
《 加 》 レミニールは。
《 杉 》 レミニールはあれ、サイヤという小さなフランスのベンチャーなんですよ。それはアルツハイマーによって、効いたのですよね。ヤンセンファーマ株式会社が買ったのですよね。元々は、あれはガランタミンといって生薬なんですよ。それを、アセチルコリンエステラーゼが阻害すると効いたもんで、それを転用したのですね。レミニールで。
イクセロンというのは、あれはアルカディア系の薬がありまして。それは、アセチルコリンエステラーゼの阻害になります。それを、モディファイしたものなんだよね。構造的に、一番オリジナリティが高いのが、アリセプトなんですね。ちょっと自慢していますけれど。
《 加 》 やはりそうですね。何か真似ではなく、ゼロから作られたということですもんね。凄いですね。
《 杉 》 これがね、私が考えたコンポジットのエンドポイントです。そこで、抑えられれば、ベストですよね。
相武台脳神経外科
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