《 加 》 こんにちは。相武台脳神経科外科の加藤貴弘です。今日は、チャンネルSで、日本でたった一人のチベット医として活躍されています。小川康先生をお招きして、お話を伺います。どうぞ、よろしくお願い致します。
《 小 》 日本に生まれてよかったよねって良く言われる。一方で、チベット人からは、とはいえどうして日本ってあんなに自殺者が多いのかということは、凄く彼らの中で信じられない。あのそれって嘘だと、ありえない話だろうと。そのぐらいの質問を良く受けます。
《 加 》 外から見ると華やかしいですけれども、中に入ると病んでいる人が多いということですよね。
《 小 》 だからなぜ、衣食があれだけ足りていて。
《 加 》 まぁ、衣食が足りていて。地に足を着けていないことがが、凄く空しい気持ちになってしまうかもしれないですね。衣食が足りて、ある程度こう、地に足を着けていないところが、自覚出来たらさらに良い状況ですよね。
《 小 》 そうなんですよ。僕もそう思う。ちょっとその比較対象というものとして、僕はチベット医学、チケット社会がある。そして、日本社会の自分たちの足元をこう見つめ直すと、より日本ってすごい国になるかなと思います。
《 加 》 日本ってこう、逆に色々な価値観があるので、色々な価値観がある中で、そういったこうゆるい感じっていうのは、逆にこう可能性を生むかなというのはありますけれどね。逆にこう、僕自身がその医学部に受かって、チベットみたいなあの医学だったら。ちょっと、今の僕という医者は生まれなかったと思うのです。
《 小 》 なるほど。でも、その緩いってキーワードだと思っていて。チベット医学ってある意味、すごく限定された価値観の中で。でもそれが、僕の中で最初は苦しみだったけれども、意外と楽に、納得すると楽なんですよね。
《 加 》 まぁ、楽ですよね。囚われるものが無いから。
《 小 》 そう。ある意味ね、悩みや葛藤が無くなるのですよ。これをやれば良いんだというのって、意外と自由。
《 加 》 これだけやっておきなさいと言われた方が、楽ですよね。
《 小 》 そういうことです、そういうことです。これだけやっておきなさいという中だと、人間って凄くシンプルになれて、不思議とね。今までの悩みがちょっとこう無くなってくるような感じ。選択の葛藤ってあるじゃないですか。日本って、例えば医学って、色々な選択肢がある。例えば、医療の現場でも。それが良くも悪くも、ある意味限られることで、楽という言葉はちょっと表現があれなんですけれども。凄く明確になるということって結構あるんですよね。チベットの医学って結構、明確なんですよね凄く。
日本って、やはり2000年の歴史の中で、色々なものがもうるつぼのようになって。今、何をじゃあそこで、混沌とした中で。今、何をじゃあここで日本の医学として。だから、西洋医学ではない。東洋医学でもない。日本の医学というものは。僕は薬学なので、医学、医学というといつもね。ちょっと、なんか恥ずかしいんですよね。まぁ、薬学としましょう。どういう日本の薬学というものが、ここで生み出せるのか。
《 加 》 医学って、身体との向き合う経験を何かお手伝いする場なので。文化ってものとは切り離せられないですよね。国の文化というか。
《 小 》 そうですよね。じゃあ、日本の文化って何で、なんだという感じになりませんかこう。
《 加 》 だからそれが、当たり前すぎていて、分からなくなっているので。医療現場でも、混乱しているという事ですかね。例えば、すごい90歳のおじいさんがいて、延命するのかしないのかという時に、まぁどういう風な死に方をするのかというのは、家族みんなは何もわからなかったりする。このおじいさんは、どういう死に方をしたかったのかという。話したことが無かったりとか。そういうのも分からなくて、90歳で。
すごく今まで元気で、90歳で倒れて。90歳で倒れた時に、人工呼吸器を着けてしまう人たちもいるわけなのですよね、やはり。それは、本当におじいさんが望んでいることなのかどうなのかということもあると思うのですけれどもね。
《 小 》 そういう論議になるとね、実を言うとあまり僕ね、参加できないのですよ。その実際、チベット医学の社会って。どう死ぬかとかって、あまりそこまで論議されない。良くね、期待されるのですよね。その死に際とか。もちろん、チベット社会でのチョウソウという鳥に。それが良く、クローズアップされるのですけれども。でもそれってある意味それ程、医学の中の中ではそれ程。まぁ、終わって、あまりね。
《 加 》 チベット医学は選択肢はあまり無いのですよね。
《 小 》 無いんですよ、そう。無いことだから、議論としてはでない。
《 加 》 逆にじゃあ、日本人はやはり選択肢が必要とされているから、そこら辺のことはある程度自覚していくということもある。
《 小 》 これは日本の人から見ると冗談に聞こえるかもしれないけれど。死に行く時って、来世のことを比較的に考えますよね。この人が、来世はどのように生まれ変わるのかという様な準備は、確かにありますよ。亡くなっていく人に対して。ただ、その医学の現場で良く聞かれるのが、チベット人は来世を信じるとか。病の原因を前世に求めるとか。確かにあるのですよ。
ただそれって、ある意味、なんだろう日本的な、原因をそこに突き詰めたりとかでは無くて、全体を見た時の流れなんだよと言うか。そう、さっき言っておっしゃっていた様に、その流れの今ここなんだよということでわかる。自分の立ち位置がわかることで得られる、安心感ですよね。
そこなんですよ。なんか、前世のせいにしてるとかでは無いのですよ。来世があるから今、軽く感じているとかでは無くて。来世もある、来世もあるというその連続の中にいる、妙な安心感なんですよね。
《 加 》 なるほど、なるほど。ふわふわ感では無くて、流れによって。
《 小 》 今しかないというその刹那的なものではない。連続性を感じることによる、安心感。そして、チベット医学も1000年間続いている安心感。なんでしょうね、そこの安心感って。
《 加 》 そういう安心感とか、そういう流れというのがあって、自分の選択肢どうしようかなというのが自然に決まってくるんだと思うのですよね。やはり。文化があって。やはりあったのだと思うのですけれども。ちょっとそういうのが今、ふわふわになってしまっていて。在り方がふわふわになっていると、病気があった時に、どういう治療法をしようかという時に。やはりそれは、あり方が決まっていないと、手段が選べないのですよね。
《 小 》 例えば、井戸を組み立てても良いと思うし。例えば、チベット仏教だと、お経を。やはり仏教が一番メインですので、やはり仏教の修行ができるということ。例えば僕はあの、白内障の手術の国際医療団の通訳コーディネーターも行っていて。彼らは、何のために目が見えるようになりたいかと言うと、お経を読みたいのですよ。何の為にってはっきりとしているのです。
《 加 》 お経の為なんですね。
《 小 》 お経を読める様になりたい。だからそれが、やはり医療の中での、文化というか目的。さっきも言った様に、仏教の修行をする。それは何の為かと言うと、それは解脱と言って、ちょっと言葉がいきなりハイレベルな言葉になってしまうのですけれどもね。その時に、何の為にかと言うと、生きとし生きるもの全てを救うためだというそういう。もちろんそれって、すごく難しいことだけれども。みんながそういう、良い意味での建前をしっかりと崩さずに生きていると言うのが文化。同じ目標。
例えば、高校に入るといつもあるじゃない。標語がね。僕とかは、福岡高校出身なので、質実剛健とかね。なんかそういう一つのテーマ。テーマというかその、中にしっかりと向かっているということが、分かりやすく言うとですけれども。例えば、医学だと言うと、何のために、じゃあこの脳だったら脳の治療を。またはっきり例えればちょっとこう、また何かを勉強したいからとか。なんかそういうのは、お互い同じ方向を向くと文化にはならないですかね。
《 加 》 そうですね、そうですね。同じ方向に行くと、文化になりますね。なので、うちのクリニックは、玄関のところに自分の健康は自分で責任持つという事を、書いてありますね。
《 小 》 それが標語なのですね。この葛藤が、この脳神経外科の文化ですよね、ある意味ね。
《 加 》 文化というか、そうですね。自分の健康は自分で責任を持つという。そのための、適切なアドバイスが出来ますよという形でやっていますね。
《 小 》 なるほど、なるほど。
《 加 》 はい。医者なんかは、治して当然だろうと来られても、ちょっと話がおかしくなるので。僕自身のスタンスとしては、人の病は他人では治せないと思っていて、絶対に。
《 小 》 言っちゃった。
《 加 》 そうですよ。
《 小 》 そうですよね。
《 加 》 絶対に、人の病は他人が治せないので。根本的には。そこのところをまぁ、しっかりとコンセンサスを得て。ここでやらないと。おかしな話になってしまうので。その実体験というのは、それぞれしか経験できないことなので。僕は僕の体を通して、自分のことしか経験出来ないし。それぞれで経験されたことを伝えれば、それぞれ経験が違うので。
《 小 》 伝えるのだけれども、その伝えることが僕は真実というものを伝えて、それを相手がどう感じたのか。それが返ってきた時に初めて。僕はそんな気がするのですよ。
ただ、私はこう思います。というだけだと、ただのでエゴというのも変ですけれども。それが相手に影響を与えて、相手が例えば、自分の影響で変わった時に、自分ってこうだったんだみたいな。結構、そういうことって僕も、自分がこうですと言ったことって意外と、影響を持たなくて。
あのね、例えば僕はなんかね、チベット社会に10年いてずっと、こういう本とかをね、持ち歩く時とかは必ず、ビニール袋に入れるという習慣が付いてしまったのですよ。例えば、絶対にこんな地面には置かないし。そのすごく文字を大切にする文化なんです。で、そういうのを、ずっと僕は知らず知らずのうちに本をしっかり丁寧に扱っているうちに。
僕の、一緒にこの間まで僕、早稲田大学に行っていたんだけれども。学生が、ある時に、私も小川さんを見習う事にしましたって。はぁ?と言ったような感じで。私も本は丁寧にもっと持ち歩いて、ビニールに包んで持ち歩くようにしましたって。一瞬何の事か分からなかったのですよ。ただ、僕が何気にやっているそういう行為を、彼女が見習っていて。あ、自分は本を大切にするって知らなかったけれど、俺ってしてたんだみたいな感じで。なんか、知識ってあんまり自分が知ったことをこうだという風には、それによって相手がこうだと社会がどう変わったか。変わってなければそれで良いのだけれども、それを自分で自覚して。あ、自分ってこんなことをしてたんだみたいな。なんかそういうもんのかなと思うのだよね。
自分がここは素直に帰ることが一番、今正しい選択じゃないだろうかというくらいの。
相武台脳神経外科
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