こんにちは。相武台脳神経外科の加藤貴弘です。今日は、平成27年の4月3日、金曜日です。今日は、現実として同じ事実が起こったとしても、認識が違えば、まるっきり現象は変わってくるというお話をさせて頂きたいと思います。
例えば、病気で癌になりました。あるいは、脳卒中になりました。そのことを、どう捉えるかという話なのですけれども。よく末期がんになったり、重病になったりした時に、すごく一生懸命に生きてきて、さらにそういった大変な病気になって。患者さんは、哀れなんです。かわいそうなんですと言ったような、もう同情を誘うような、映画とかストーリーが多いんですけれども。
基本的に僕自身は、物事が全てうまくいっていれば、自然な状態に流れていれば、病気にならないという理由で。病気になったということは、何かが違っていたという風に判断した方が、良いのではないかなと思います。
自分が哀れだ。自分がかわいそうだと生きるのは良いのですが。やはり、冷静に前向きに生きていくといった姿勢があるとすると、ベースとしては本当に生き方が、人間そのものの生き方であれば、自然に沿った生き方であれば、病気にならないという姿勢があれば。
じゃあ今回は、病気になったのであれば、何か僕自身、自分自身の生活習慣や生き方として、勘違いがあったのではないかなというスタンスに立ち返ると、その勘違いは見直しに変わりますから。そうすると、ここが間違っていたんだなという成長に繋がって、それを直して少しずつ直していって、病気が良くなっていく。
逆に病気が良くならなくても、病気はこういうことを教えてくれたんだなという風に、自分自身にプラスになっていきます。病気があって私は被害者で、憐れみをこうという風になっていると、自分の間違いが分からないまま、人生を終えていく。自分の間違いというか、自分が成長できないまま、人生を終えていくということになりかねないので。
やはり、被害者意識になるのも良いのですが、色々な現象が、自分自身に何を教えてくれているのかなという風に冷静に考えていくことが、良い時間に人生を送る上で、すごく大切なのではないかなと思います。
自分にとって嫌なことというのは、自分が何か勘違いをしているのではないかなということを、教えてくれる。つまり、その成長ポイントを教えてくれているという風に捉えると、すごく自分にとってプラスになるので。
被害者、逆に同じことでも、自分がやられてしまって、被害者がかわいそうに、自分には何の非がないのに、やられてしまって悪い被害者だという風捉えてしまうと、自分で起きた現象というのは、何の成長ポイントにもならなくて。ただ辛いだけという時間を過ごすことになってしまいますので。
自分が成長できるのか。楽しい時間を過ごせるかどうかというのは、同じ辛いことでも、もしかして自分自身が勘違いをしていたのではないかなという風に、これを教えてくれるものがあるのではないかなという。謙虚にその現実を受け止めることによって、全く同じ事実が変わってきますよというお話しを、今日はさせて頂きました。今日は、以上です。
相武台脳神経外科
頭痛、めまい、耳鳴り、海老名、厚木、新百合ヶ丘