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陰謀論は、「粋」ではないし、かっこ悪すぎる。

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こんにちは、相武台脳神経外科の加藤貴弘です。今日は平成27年12月11日の木曜日です。
昨日、今の時代インターネットが普及していまして、健康情報にしても政治の情報にしてもニュースにしても、いろんな情報が錯綜して何が正しいのか、何が自分が受け取っていい情報なのかっていうのがわかりにくいということをお話しさせていただきました。
そんな中で、僕自身が大切にしているものは、やはりその情報から得られる結果を大切にしているというお話をさせていただきました。
それを大切にしている中で、じゃあ自分自身はどういう軸を持って、数年前と比べて非常に触れなきゃいけない情報量が多くなってると言われてますけれども、その情報の嵐と向き合っていってるか。
その軸の持ち方というのを、今日お話させていただければなと思いますけれども、僕自身の生き方というのは、クリニックの方針でもありますけれども、人間自身の生命力が一番活動性が上がるような生き方をしたい。
ありのままというか、人間の生命力が一番輝けるような生き方をしたいということを絶えず思ってます。それは自分自身が自分らしく生きる、自分自身が自分らしく生きるということは、誰かの支配下にあるわけじゃなくて自分が主体的に生きる、自分の人生を自分の主導権を持って生きていくということになっていきます。
その中で自分の健康、心、体の状態をチェックしていく上で、うまく生きてるのか生きていないのか絶えず見るんですけれども、心の状態の中で自分自身が調子悪くなってきてるのかなというふうなことをよく見る目安としては、被害者意識というか誰かの影響を受けてると思うときは、自分自身が調子悪いなというふうに思ってます。
何かうまくいかない結果が出たときに、誰かのせいだとか何か情報のせいだとか、基本的には人間ですから思ってしまいますけれども、そういう思いが強くなったときというのは、自分自身の心の状態というのは、ちょっと疲れてきてるなというか病んできてるなというのを感じます。
同じように、いろんな情報が錯綜している中で、その情報をどう受け取るかに関してなんですが、やはり病んだ心の方が発した情報というのは、なるべく真に受けないというか、ある程度冷静に見ようとはしております。
それは、やっぱり何々させられてこうなってしまったとか被害者的な情報です。いろんな情報がありますけれども、例えば何かのせいで自分はこうなったとか、あるいはいろんな悪いもののせいで自分は脅かされている。何か大きな陰謀組織が自分たちを窃取しようと、いろんなことを企んでいるみたいな情報を言う人がいますけれども、もちろんそういった側面あるんだとは思うんですが、それが正しいかどうかというのは、追求しても僕自身はよくわかりませんし、それが正しいかどうか調べようとするエネルギーもないです。
なぜなら、ある程度起こったことというのは、被害者意識で捉えていくということが、自分にとってマイナスであるということを知っているからだと思います。以前お会いさせていただいた、スポーツドクターの辻秀一は、いろんな出来事には意味はなくて、それぞれ私たちが勝手に意味づけした意味があるだけだ、ということを仰っていました。
僕自身が情報の嵐の中で心の健康を保ちながら、自分自身が自分自身の主導権で人生を生きるということ、心の状態を維持していくということをしながら情報と触れ合っていくためにどうしていけばいいかというと、意味はないというふうに辻先生は仰っているんですが、コツとしては僕はひとつの言葉を大切にしています。あらゆる出来事には良い目的があるという言葉を、絶えず自分の中で思うようにしています。
出来事というのは本当いうと意味はないんだとは思うんですけれども、自分が心の状態を健康的に保つために、自分自身にとってどういういい目的があって、この出来事が起こったのかなというのを捉えていくと、非常に自分自身の中で健康的に生きていけるし、うまい具合に人生歩んでいけるのかなと思います。
その状況が誰かのせいで自分自身こうなったとして、悪い状況を全て相手のせいにした途端に、その状況を支配している人は相手になってしまいますから、自分自身は奴隷ということを認めてしまいますので、そういった状況にはなるべくしないように、自分自身はあらゆる出来事には良い目的があるという言葉を絶えず思って、いろんな情報に触れるようにしています。
今日お会いさせていただいた、国際関係アナリストの北野幸伯さんのメルマガで先日書かれてあったんですけれども、日本人は以前は自虐史観といって、自分たちは非常に悪かったんだというふうに思って戦後生きてきた。その自虐的な歴史の見方というのが、あまりにもひどいから、そこらへんはちょっとひどすぎるんじゃないですか?ということを、北野さん自身は絶えずメルマガの中で仰って、それが最近は東北の震災をきっかけに、愛国心というかそういったことにも目を向ける人が増えてきて、自虐史観から逆に日本の歴史は良かったんだ、みたいなことを強く言う人も出てきた、と。
結局自虐史観であれ、日本の歴史は素晴らしかったんだという人であれ、いずれにしてもそれは真実ではないわけで宗教的になってしまうので、そういった考え方からある程度私たちは脱却して、勝敗論とか善悪で考えていくと、話の決着は一向につきませんので、なぜ勝ったか負けたかっていうことを冷静に考えて歴史を分析していくという考え方の方が、議論にシフトしていくということが、これからの日本人にとって必要じゃないかっていうことを、先日のメルマガで書かれていました。
確かにその通りだと僕自身は思いますし、どんなに日本の戦前の指導者が素晴らしい方であったとしても、現実として日本人を300万人以上なくしてしまったという事実はあるわけなので、その中でどんなに素晴らしかったにせよ、なぜ負けたかということを冷静に考えていかなければ、また同じような素晴らしい指導者が出ても、また同じように負けてしまうということになってしまうので、なぜ痛い目にあったのかということを冷静に考えていく。
それは僕自身の情報の取り方、例えば情報によって自分自身がすごい被害に合うとか合わないとか、被害者意識で自分自身をいいとか悪いとか、その情報から思うということではなくて、その情報からどういう結果が得られるかという、結果にコミットした情報の受け取り方、それに関しては先ほどお話ししましたように、自分自身の主導権をもった情報との触れ合い方ということに繋がってくるのかなと思いますので、そういった意味で多くの情報に触れ合うときに、僕自身はまず結果を大切にするということを重視しております。
その中で、その情報の意味づけに関しては、どんな情報にせよ僕自身にとってはいい目的がある、どんな出来事にせよどんな情報にせよ、自分自身にとっていい目的をもってきているというふうな受け取り方で、いろいろ受け取るようにしています。
それは、最終的には自分自身が主体的に生きる、自分自身の生命力を最大限に活動させていくための必要な思考の方向性かなと思って、そのようにさせていただいています。ご参考にしていただけましたら幸いです。

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