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医者になって初めて分かったアッサジが自殺ではなかった理由。

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こんにちは、相武台脳神経外科の加藤貴弘です。今日は平成28年12月16日の金曜日です。
昨日、昔ブッダという漫画を読んでいたときに、ブッダの友達のアッサジという人が予知能力があって、自分の死ぬ日がわかって、その日に狼に食べられて死んでいくという話を見て、本当に自分自身の命を燃やして生きる生き方というのは、やっぱり身を投げ出すんじゃなくて、最後まで狼に食べられることを抵抗する生き方なんじゃないかなというふうに、自分自身は思っていたんですが、アッサジの精神状態はどういうものなのかなというふうに、ときどき考えることはありました。
僕自身はよくわからなかったんですが、老子の『道徳経』という本があって、黒澤一樹さんの『ラブ、安堵、ピース』という本で、老子のことを解説してるんですが、その解説の文の中に、解釈の世界に生きる人は、ものごとを分離して捉えているからこそ、人の内に命があるという。人に限らず生物の個体それぞれに、個別の命が宿っていると思っている。あるがままの世界に生きる人は、存在すべての繋がりを捉えているからこそ、命の内に人があることを知っている。
という文章があって、もしかしたらアッサジというのは、別に狼に命を投げ出したんじゃないんじゃないかなというふうに僕は思って、狼に身を置いた時点より前の段階でアッサジは死んでいて、アッサジは例えば土に還ろうが、狼に食べられようが、結局は一緒だったんじゃないかなと思いました。
狼というきっかけがあったにせよ、その前にアッサジはあるがままの世界というか、大いなるものを感じていて、それに一体感を感じてそれに戻っていくということを、肉体が死ぬ前にもしかしたら感じたのかもしれなくて、僕らは通常生きてる以上、人それぞれに命があるというふうに感じて、分かれた世界で生きているので、そういった大きなものの中に自分自身がいる。自分自身と大きなものとの繋がりってなかなか感じにくいので、色んな生きてる段階で、色んな葛藤があったりするんだとは思うんですが、結局は全部のものはひとつであるということが、本当の意味でわかってしまえば誰に食べられようが、結局はアッサジにとってはあまり大きな問題じゃなかったのかなっていうのを感じて、アッサジが狼に食べられた行為というのは、自分自身を電車に飛び込んだり、自分自身の命を投げ出したりする行為とは、全く違った行為なんじゃないかなと思いました。アッサジが命を投げ出すんじゃなくて、アッサジが狼の前に横たわったときには、すでに大いなるものとアッサジの命というのは一体化していて、肉体があろうがなかろうがどうでもいい状態にもうなっていた。
自殺する人というのは、自分自身と大いなるものというのが分離された状態で、自分自身の肉体をなかったものにしようとして、しかも大いなるもの自体もなかったものにしようとして、その肉体自体をなかったものにしたいんだけれども、本来の自分と葛藤があまりにも強くて、そして自分の体を何らかの形で殺してしまう。自殺してしまうということになってしまって、その分離した精神状態とアッサジのような一体化した精神状態とはまるで違うし、やっぱり僕ら自身はそういうふうにアッサジみたいな精神状態に通常はなりにくいので、NHKの番組で見たプラネットアースのように、自分の命に執着して命の怖さとか大きさとかと戦って、自分が亡くなることと戦って、自分の命の制限性と戦って、最終的に色んな気持ちを得ることができるのかなっていうふうに思って、動物自体もそこまで考えるもんじゃないと思いますので、動物自体は他の食べられる動物と最後まで逃げたり戦ったりして、結局は本当に最後まで生きたいと思って、最後の最後の奇跡まで信じて戦うというのが、動物にとって大いなるものに、あるがままの世界に戻っていくひとつの手段であって、それを本当にやり遂げた人が食べられる瞬間というのは、頭からアドレナリン、カテコラミンがでて、動物にとっては食べられる瞬間というのは、すごく気持ちいい状態になるというふうな話も聞いたことがあります。
来られてる患者さんというのは、ステージ4のがん患者さんが、ビタミンCで何人か来ていただけてますけれども、実は30代とか40代とか若い方も多くて、そういった方が色んなしがらみや気持ちや自分の執着と戦いながら死と向き合っていく中で、本当にいい状態になっていく方もいて、本当に落ち着いた状態。
そういう状態になっていったときに、病気の方も好転してくるということもよく見られる現象で、何らかの形で自分自身の間違った執着や葛藤を手放していくことで、本来のあるがままの世界と、本当の意味で繋がってひとつであるということがわかった瞬間に、自分のエネルギーというのか、そういうのが大きくなるのかなというふうに感じて、最近やっとアッサジというのは、今の僕自身の解釈では、あれは自殺じゃなかったんだなと思って、狼に食べられる前にすでに大いなるものというか、(08:35)の世界に帰ってしまってたんだなというふうなことを最近わかって、やっぱり自殺する人とアッサジとの違いというのがわかって。
生きてる以上、僕らは色んな方向性を向いて生きてますけれども、結局はそういう方向性に向かって生きていくか、色んなことを進めていけばいいのかなというふうに、最近ふと思ったのでシェアさせていただきました。今日は以上です。

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