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自分の行動は誰かに決められている。

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こんにちは。相武台脳神経外科の加藤貴弘です。今日は平成28年6月2日の木曜日です。
最近、人間の物事に対しての認知の仕方というのを延々と話させていただいています。
というのも、人間自身は膨大な情報の中から、ほとんどが盲点になっているけれども、自分の中で取捨選択して都合のいいように情報を受け取っているということ。
そのこと自体を理解できれば、他の色んな情報を見てないということに気づけるわけで、自分自身に色んな可能性があるということを気づくだけでも自分自身の人生の可能性というのは、変わってくるんじゃないかなというふうなことを考えているからです。
その中で今までずっと話してきたので、模式化してみたんですが、無限の現実があって、その中で一般化、削除、歪曲ということを行いながら、見えてる視野は無限の現実の中でこれだけだと。
そこから理性が働いて行動に移っていくということです。自分自身の信念とか考え方というのは、その行動を正当化する理屈になってきます。
俺はこれで正しいんだというのは、無限の現実から見ると正しいというか、自分の行動を正当化する理由づけになっています。
単なる理由づけであって、信念自体が物事の真理ではないということを静かに捉えることができれば、色んな可能性に気付けていけるんじゃないかなということです。
信念を形作ってるものの中で、よく言われるのは、大きいのは親の考え方というのは、子供から成長するにつれて一番触れる人間ですから、ひどく影響を受けております。
例えば、反抗期で反発したりしたとしても、それ以外の部分とか反発してること自体が、価値観というのを子供に刷り込まれて。
人間生まれてきて生き延びるために、親の愛情を最初に獲得するということが、生存本能として一番大切なものになってきますので、その中でどうやって生きていくかということを考えたときに、親の考え方、信念を踏襲するような形で生きていく。
知らないうちにプログラミングされている自分自身の脳というか認知機能というのをまずは気づいて、そうじゃないかもしれないなというのを外していくということが、自分の無限の可能性を広げていく上ですごい大切なんじゃないかなと思います。
例えばの話ですけど、日本人の家庭に生まれて結婚するのは日本人しか駄目だというようなことを、家庭の中で無意識のうちに話してる情報があったとすると、自分自身が知らないうちにそう思ってて、自分は結婚するんだったら日本人しか駄目だと思っていたとしても、それはもしかしたらプログラミングされている情報で、本当言うとそれは実は違うんじゃないかなというふうなスタンスに立ってみるということが、無限の可能性へいく道になってきます。僕自身は、小さい頃多度津町といって、日本の少林寺拳法の中心地みたいなところで育ったので、小学校の友達の半数以上は少林寺拳法を習っていたので、小学校の僕自身はなりたいなというふうなことを思ってたんですけれども、家庭の雰囲気としては、なりたいと言ってもそういうふうに相手を殴ったり格闘技みたいなのは、良くないからやめなさいということを刷り込まれて、そういうものってもしかしたら悪いことなのかなっていうふうなことをずっと思ってたんですけれども、実はそうじゃないということを考えていくことが、自分の可能性を広げていく上で、すごく大きくなってくることもありますし、ファッションとか服とかに気を使うべきじゃないという雰囲気の家でもあったりとかしたんですけれども、服とか気にしなくてもいいのかなっていうふうな気持ちで成長してきましたが、実はそうじゃないということを思った瞬間に、自分自身の可能性を広げていける。
もちろん自然体でいるということはいいことかもしれないですけども、ときには相手に合わせてきっちりとした服装をするとか、雰囲気に合わせた服にするというのは自分自身のセンス、いい雰囲気を相手に与える上で、思いやりとして大切なんじゃないかなということを思った瞬間に、自分の人生が大きく広がりますし、小さい頃そういうものだというふうに頭の中で刷り込まれてきたものを外すことによって、色んな可能性が広がっていきますというお話ですけれども、知らず知らずのうちに自分自身の頭の中は、プログラミングされてるというか、そういった今までの習慣から無意識に行動が決められているというところにまず気づくと、色んな多くの可能性を手に入れることができますというお話を今日させていただきました。今日は以上です。

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