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教育の目的は、欲求を深掘りしていくこと。教育とは、欲求にベクトルを向ける修練。

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こんにちは。相武台脳神経外科の加藤貴弘です。今日は平成28年7月15日の金曜日です。
先日、抑圧された娘さんがいて、その患者さんからみて思ったことは、まずは自分自身の感情を大切にするというか、それが世の中で自分自身にとっては一番大事なんだ、正しいのだということを足がかりにしていくということが必要なんじゃないかなということをお話させていただきました。
自分自身にとって自分の感情ということが、それは誰にも否定できないし、湧き上がってくる感情が存在するということは事実であるので、それがあるということは正しいことで、その存在を、先ずはその感情の存在を認めてあげるということが重要で。
そのお母さんと娘さんの立ち位置の違いで、昨日お話させていただきましたけども、もう一度、例えばこういう模型を見てた時に、お母さんはこちら側に立ってる、娘さんはこちら側に立ってる。お母さんはこの模型を見て、表面が肌色でつるつるした模型だよと娘さんに言う。娘さんはこの模型を見て、こちらから見て、表面は全然つるつるしてなくてデコボコしててもしゃもしゃしてて、中にこういう赤い線のようなものがいっぱいある。で、お母さんはその娘さんのその発言を聞いて、そんなわけないでしょ、この模型はつるつるしてるわよと、世の中はこの模型はつるつるしてるわけだから、つるつるしてると思いなさいというふうに娘さんに言うと、自分が見てるものは何なのだろうと思いだしてきて、だんだんだんだん自分自身が信じられなくなっていく。だけども自分の中からはいろんな感情が起こってきて、明らかにこの模型はもしゃもしゃ見えるのに、自分自身の感情と現実社会から言われることととてもズレが生じてきて、自己矛盾ができて、自分自身の存在って何なのだろうということになって。
で、外向きなベクトルが強い人は、外向きな人は他者への攻撃性となって矛盾がでてくるし、内向的な人だったり内向き人は自分自身を否定するようなどんどん引きこもっていったり、欝病になったり、あるいは体の病気、身体性の病気として現われたり、その矛盾が現われたりしてくる。
それは現実問題としてこの模型を見た時に、娘さんがそういうふうに見えるということは事実なわけで、先ずはそこを受け止めてあげると。その上でいろんな視野が広がってくると、お母さんはそうやってつるつると言ってたけども、もしかしたら立ち位置が違うからそう見えるのかなということが見えてくると、自分自身は世界が広がっていくということになってくるので、先ずは自分の感覚というか感情を認めてあげるということがその娘さんにとって必要なんですけれども。親からするとそうやって子供さんに接していたいのかなということなのですが、子供といえども自分自身の所有物というか自分の物ではないので、先ずはやっぱり子供さんが見てる世界というのは自分が見てる世界と全く違うんだということを受け入れていくということは必要かなと思います。そういうことはどういうことかというと、今までの教えを教えこんじゃダメなのかなと考えた時に、例えばそういう感覚から、娘さんは、子供自身はいろんな感情が生まれて、その感情は正しいというふうに認めてあげるということが、先ずは子供さん自身の存在を肯定するというか、存在を承認する上ですごく重要ですけども。
教育していく中で、全部が全部湧き上がる感情を、感覚を認めていくと、社会において危険なこともあるので、どうすればいいのかなというのが、社会的生活を送っていく上で必要なことをすればどうすればいいのかなということが教育なんですけども。
僕自身は感覚とか、感覚からくる欲求というのは深さがあると思います。その深さをいっているのが、昔、マグローという方が欲求に対しての階層ということも言ってましたけども、その分類の仕方はそれぞれだと思うのですけども深さがある。で、その本当に生理的欲求というか目先のことの欲求というのが一番浅い欲求で、そこから段々、子供さんはそういった欲求に振り回されるとか、大人もそうかもしれないですけども、ほぼ子供さんはそういった欲求、生理的欲求そのものに生きてるのかもしれないですが。
教育というのはもっと深い欲求があって、その表面上の欲求を越えてどんどん欲求の深さを、自分自身の欲求の深さを深くしていくと、もっと深くて自分自身にとって得るものが大きいということを分からせてあげるということが教育なのかなと僕自身は思っています。
で、深く分かっていくためには、その表面上の目先の欲求に振り回されないような自分自身の生き方を体現していくということが必要で、先ず自分自身のそういった生理的欲求とか目先の欲求というのは別にないものじゃなくて、あるものだと分かってあげた上で、さらに自分自身にはもっと深い欲求があって、そっちの欲求を満たしてあげるほうが自分には得な、もっと得るものが大きいということを分かっていくという、分からせてあげるということが教育なんじゃないかなと僕自身は思っていて。
欲求というものが深さがあるということ。で例えばその、先日お話した髪の毛を?色に染めてきた娘さんに対して、それをするなというふうにお母さんが言うというのは抑えつけることですけども、それはまあ教育というか、やはり立ち位置が違う状態の見方を押しつけちゃうということなので、僕自身はやっぱり怖い方向性なのかなと思うのですが。じゃあどうすればいいかなというと、そういった髪の毛を派手に染めたくなる欲求があるということも認めてあげた上で、もっと深くにはもっと素晴らしい自分自身のニーズとか欲求があるんだよというのを指し示してあげるのが、親とか学校教育の役割なのかなと。まあ学校教育だけじゃなくて会社の中とか人との関係とかコンサルタントとか、教育という関係性においてそういったことを伝えていくということが僕自身は重要なんじゃないかなというのを、最近おぼろげながらに分かってきて。
最近の気づきとしては、その欲求というのは表面上のものだけで、二次元のものというか、平面的なものじゃなくて深さがあるということを、最近、欲求には深さがあるということに気づいて、もっとそっちの欲求を、深い欲求を気づかせてあげるということが教育における役割なのかなというのを、ちょっと漠然と少しずつつかみかけているので、また何か気づきとかありましたらまたお話させていただきたいと思います。今日は以上です。

相武台脳神経外科
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