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強烈な状況が、自分の使命へ誘う。相武台脳神経外科歩み3

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こんにちは、相武台脳神経外科の加藤貴弘です。
今日は平成28年10月29日の土曜日です。
今、相武台脳神経外科の5年の歩みというのを全体的にお話させていただいています。最初、開業するきっかけからお話させていただいていますけども、その2011年、僕自身が勤務医をさせていただいてて、あまり開業というのを心の中で意識していなかったという話をさせていただきました。
で、唐突にそういう話が舞い込んできて、気持ち的にあまり、もちろん手術を究めるということをしていきたかったので、自分の気持ちの中になかったんですけども。ただ日々の診療の中で、先日もちょっとお話させていただきましたが、やっぱり脳神経外科の脳卒中、くも膜下出血とか脳出血とかの患者さんを診させていただく中で、こういった病気というのは病気になってしまえば大変皆さんつらい思いをしてしまう、それが長く続く。ご家族もかなりきつい状況、精神的にも肉体的にも金銭的にもきつい状況になってしまうのに。こういった病気というのは予防可能なのになというのを、こんなに頑張るんだったら病気の前にちょっと少しできることあったんじゃないかなという、もやもやしながら診察させていただいたということも事実です。
で、本当言うと、心の中ではそういったとこに社会的アプローチしたいなという、まあ心の奥の中ではありました。ただ、やっぱり10年間ずっと頑張ってきて、手術の勉強頑張ってきて、これを一気に放り投げて、そちらのほうにやるという決断は僕には勇気はなかったですし、当時はできなかったんですが。
2011年の3月に大きな地震が起きまして、その地震が起きる前に一緒に働いていた看護師さんが、ニュージーランドに少し留学するからちょっと落ち着いたら遊びに来てよ、とかっていう話も楽しくしてたんですけども、その地震の一週間か10日ぐらい前にニュージーランドで大きな地震が起こって、その僕と話した看護師さんがそのニュージーランドで地震に遭って被災されて亡くなってしまったということがあって、それですごくびっくりして。
で、そういった中で脳腫瘍の手術をしていた時に東北の大震災がありました。神奈川、横浜でもすごく揺れたんですけども、僕が今まで感じたことがないぐらい揺れました。で、横浜新都心脳神経外科病院の建物自体はまあすごく古い病院だったので、本当に手術室が船の中にいるようにぐらぐらぐらぐら揺れて、一週間前のニュージーランドのその方の話もあったので、これで本当に終わりかなというふうに命の危険を感じて、まあすごくショックだったんですけども。その時はスタッフがすごくしっかり対応してくれて、患者さん自身は事なきを得て手術から出て、そういった地震があった時のアクシデントを乗り越えて、集中治療というのは無事に終わることはできたんですが。手術終わって帰ってきてニュースをテレビで見た時に、僕が仙台に住んでいた時によく使っていた仙台空港がどんどん水浸しになっていくのを見て、ちょっとこれ大変なことになったなというのをすごく感じました。
で、こういうのを見た時に、ちょっと自分の中でやりたいことがもしあるんであれば明日にでもやんなきゃいけないなと思って、せっかく今そういった開業の話をいただいているんだったら、やっぱり受けて、ちょっと人生今しかないわけですから、やりたいことをやってみようという気持ちになりました。ただ、僕自身はその当時は脳神経外科の専門医受かって数年経って、勤務医としては一応スタッフ、研修医じゃなくてスタッフという存在でそこに勤めていたわけですから、担当する患者さんもいましたし、外来も持ってましたので、そういった医者が転勤する際に数カ月前に言ってすぐ転勤できるような状況ではないので、やっぱり一年、二年前ぐらいから上司の先生に言って根回しして転勤していくっていうのが筋だと思うのですが。
お話いただいた伊藤建次郎先生は僕が勤務していた横浜新都市病院の名誉院長の方で、開業の話を受けますという話をさせていただいた時に、最初は本当ちょっとびっくりされたような反応をされたのですが、でも、やっぱりそうかという形で、すごく心広く受け入れてくださって、伊藤建次郎先生がそういうふうにご理解いただいたおかげで、院長先生や僕の上司の先生にも話を通していただいて、大変ご迷惑をおかけした形にはなったんですけども無事に退職していくという形にさせていただくことになりました。そしてそこから開業しようという決意新たに、2011年の5月にその横浜新都市脳神経外科病院を退職するという形になりました。
で、明日からは退職してその後どうなったかという話をちょっと話していきたいのですけども、今まで大学で勉強して、そして勤務医でいて、ある程度社会に守られた形で、あまり社会にさらされた状況ではなかったのが、唐突に大きな借金を抱えて社会にさらされるということが僕の目の前に広がってきて、そういう現実が一気に押し寄せてきて、どういう状況になったのかということを、また明日からちょっとお話させていただきたいなと思います。
今日は以上です。

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