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吉田松陰さんが、影響力そのままで生き残る方法。

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こんにちは、相武台脳神経外科の加藤貴弘です。今日は平成29年2月13日の月曜日です。
先日、体の声を聞き続けて体自体はすごく健康な状態にあるというのに、いまいち自分の納得するような人生が歩めなかったり、外から見ててもあんまりぱっとしないなというふうに感じる状態があります、という話をさせていただいたんですが、そのメカニズムというのを図式化してみたんですけれども、昨日船乗ってて船のメンテナンスばかりしててクルージングしてても、本当にどこに目的地が行きたいかということと、行きたい目的地に対して行けないというふうな話をさせていただいたんですが、体の声をずっと聞き続けてる、本当の意味の目的というのは、本性の自分自身というか、自分自身の魂の声というか、聞きかじりですけど真我という言葉があるみたいですけども、本来の真の我の部分からの、どういう形で生きたいかという声を、聞こえるようになってくるということが本来の目的で、それにそって生きるということが自分を一番人生の中で輝かせていくのかなというふうに僕自身は思います。
バラの花だったらバラの花らしく生きていくということが一番輝いていけるし、バラの花で生まれてきたのにひまわりみたいになりたいなと思って、ずっとひまわりになろうと頑張ったとしても、それはフラストレーションが溜まるだけでなれないものですから、本来の自分自身がどういうふうに生きたいのかっていうのを、ちゃんと捉えてそれを体現していくということは、一番やりやすいかなというふうに思います。
本来の魂の声というか真我という部分は、体の状態が悪いと間違って聞こえちゃうことがあるので、そうすると本来の自分自身の行動だというふうに思っても、それが違っちゃうことがあります。
例えば感覚でいうと、小さい頃から化学調味料に慣れてしまうと、科学調味料が本来食べたいんだという感覚に、舌が麻痺してしまって慣れてしまってると、化学調味料がまた食べたい衝動に駆られて、本来望まない行動をずっと起こすことによって、病気になっていくというふうなこと。
やっぱり体が健康な状態になってくると、化学調味料が受け付けなくなってくるので、これは本来食べたいものじゃなかったんだなというふうに感じてくるということがひとつあります。
先日お話しさせていただいたように、体の声ばかり聞き続ける人というのは、すごく健康なんですけれども、パッとしないというか、側から見てて本当にその人が生きたい人生を、生きてないんじゃないかなというふうに感じることがあります。
これは抑圧された行動というふうに書いたんですけれども、すごく真面目なお坊さんだったり、規律にまじめなお坊さんだったり、尼さんだったり、武道家の方というのは、すごく規律を重んじますけれども、本来の本質というのを見誤ってると形にこだわってしまって、あまり周りに対して良い影響を与えることができないんじゃないかなと僕自身は考えています。
逆に、魂の声がもともと生まれつきというか、流れ上強い人というのは、すごく信念が強いというか、言ってみれば大海原で船に乗って目的に行こうとしてるのに、そっち方向に行きたいという強い思いが強くて、船に乗ってると目的地まで一直線に行けばいいんですけれども、そのコースで行くと海流が強くてちょっと迂回した方がいいから、航路として迂回してるんだけれども、船に乗ってるとその目的地に行くのが、すごい衝動が強いために、こんなんじゃん駄目だと言って船から飛び降りてしまって泳いで目的地に行っちゃうみたいな、現実にそぐわないような行動になってしまって、衝突的、圧倒的な行動になってしまう。
これは、歴史の人物でみると、僕自身は吉田松陰さんとか、そういう方が当てはまるのかなというふうに感じます。いいか悪いかという話じゃなくて、状態としては、そういう状態なのかなというふうに感じています。
体の声をしっかり聞き続けて、本当の意味での魂の声だとか真我という部分を体現しているというのは、あまり僕自身は思いつかないんですが、それに近いかなという方というのは、すごく人間的に圧倒的に行動力があって、どんどん周りの人にいい影響を与えて行くというような人物に関しては、歴史上の人物でいうと松下幸之助さんとかロックフェラーの方の師匠さんである、山本五十六とかの講演を聞いてた中村天風さん、みたいな方のことをもしかしたらいうのかもしれません。
いずれにしても、魂の声だけ強すぎても、生きてく上ですごく辛いものになっちゃいますし、逆に体の声だけ聞き続けても、本来の自分の生きたい生き方というのは、生きられないものである。
ましてや、不健康な状態と気づかずに、不健康な状態のまま目先の感覚に振り回されながら生きるというのは、本当に辛い生き方になってしまうので、僕自身が本来目指していきたいなと感じるものというのは、体の声を聞きながらだんだん露わになってくる自分自身の魂の声というか、本来どういうふうに生きたいのかということを明確にして、それを体現していくといことが自分の方向性かなというふうに感じましたので図式化してみました。
もうひとつ、魂の声とか真我の方向に行くのに障壁になってるものがありますので、それを明日お話しさせていただきたいなと思います。今日は以上です。

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